挫折を知らないで生きている方が良いのか、挫折を体験している方が良いのか

先週の衆議院選挙で、豊田真由子氏が落選しました。議員時代に行っていた数々の行為をマスコミに論われ、劣勢に立ったのが敗因だったのかも知れませんが、何はともあれ、落選を予想している方が多かったのも事実だろうと思います。豊田氏については、「エリート街道まっしぐらで挫折を知らないから、今迄周囲に酷かったのではないか」、「こういった人は、挫折を知らないから、多くの人々に寄り添えない」、「こういった機会を、自分と向き合う良い機会と捉えるべきだ」という意見もあると思います。確かに、挫折を知るということは、或る意味では大きいことだという見方も出来ると思います。それによって、自己の人生設計をしっかりと見直すことも出来る良い機会と捉え、次に繋げられるなら良いのではないかという見方ですが、私は敢えて述べるならば、挫折しなくて良い人生なら、そう過ごして行くに越したことはない、ということです。これには、賛否両論あると思います。本題からは逸れますが、「艱難汝を玉にす」という言葉があります。敢えてこの言葉を出したのは、以前、私が読んだ本の中に、この言葉をもじって、「艱難汝を駄目にする」といった言葉が書かれていて、その解説を読んだからです。挫折や苦労を知らないで生きている人よりも、そういった場面に直面して生きていた人の方が何かと強いと思われますが、人間、幾ら良いものを持っていても、余りにも挫折や苦労が多いとその人は却って駄目になってしまうということで、幾ら良いもの、他者に比べて優れたものを持っていても活かすことが出来ずに終わってしまうということもあり得るということです。父が生きていた時に、転職に当って両親と話した時に、この、「艱難汝を駄目にする」という言葉を使って色々と話したのですが、両親は、納得せざるを得ませんでした。私は、交通事故が原因で新卒での就職活動が出来ず、母の横暴により、振り回されて、就けそうな仕事よりも母が私に望む仕事を押し付けられそうになったことも何度もありました。母が、私に押し付けた仕事は教師でしたが、その理由は、母がなりそこなったということと、私を出身地に帰らせたいということを強硬に言っていた時期があったので、この様になってしまいました。こういった就職・転職といった職業については、一生の問題でもありますし、今後の生活にもかなり影響します。また、地方では、大学を卒業しても、それに見合う仕事が少ないので、出来れば東京へUターンしたかったのが、私の本音でした。私は、現在、実家で生活していますが、地方であるが故に、不便さをかなり強いられています。それ故にストレスもかなり感じています。体重増加の問題が出ているのですが、先月行った総合病院で、「ストレスが原因で体重増加している」と言われ、「今後は、好きなことをして生活して、ストレスを溜めない様に生活することを考えて下さい」と言われました。現在、私の状態は、病気という程ではないものの、今後の状態が悪化すれば、肝硬変→肝臓がんに繋がることもあり得るということで、そうならない為に、色々と生活面全体を考えなければならないといった状況下にあります。大阪に住んでいた頃は、50kg台だった体重も、現在では80kg台になり、かなり深刻です。私は、挫折を知らないで生きていくことがどんなに素晴らしいことかを今迄すっと感じて来ましたが、豊田真由子氏のことについて論っている人は、まず、「雲の上の人は雲の下の人を知らないし、知ろうとするつもりは無い」、「雲の下の人は、雲の上の人のことを知る機会は無い」ということを考え直すこともあっても良いと思います。対比された、山尾議員の件もそうですが、選挙で選ばれた以上、今後は、選挙結果ではなく、今後の実績を見るしかないと思います。飽くまでも、私は、この二者を推すつもりは毛頭ありません。ただ、挫折を知っているから良く、そうでないから駄目といった図式は、簡単に成り立たないということであり、表象されたイメージと現実の世の中が完全にイコールになるとは限らないといったことを常に頭の中に留め置く必要があると思い、この文章を綴りました。審査なし 脱毛サロン